パワーハラスメント

実例で解説!部下の不正行為を厳しく叱責したらパワハラになるのでしょうか?

パワハラでうつに…

課長の不正経理を厳しく問いただした部門長のケース

大手損保会社の地方支店で支店長をつとめるN(50歳)は、昨年の秋に異動してきたO課長の様子がなんだかおかしいことに気がついた。

売り上げの報告書を見ると、きれいな右肩上がりで一見、好調のように見える。

だが、業務報告のときには目を合わさず、課員の成績の内訳について説明を求めても「いそがしいので、次回報告時に出します」と言うばかりで、2ヵ月以上、報告もない。

そのうち、朝にあいさつをしても顔をそらすようになった。このままではいけないと思い、個別面談をすることにした。

面談で、「どうも様子がおかしいと思うんだが、何かあったのか?」とたずねると、O課長はしばらく黙ってうつむいていたが、やがてぼそっと「実は売り上げを水増ししていました」と告白した。

本当は、売り上げはむしろ落ち込んでおり、それを隠すために課員それぞれの売り上げを水増しして報告していた。

また、それだけではなく、交際費や接待費を空伝票で処理し、会社から受け取ったお金で課員に高価なプレゼントを贈ったり、自宅用のソファを購入していたりしたという。

この話を聞いたN支店長は激高した。「いったい会社をなんだと思っているんだ!君のやっていることは犯罪行為だぞ!そんなことまでして売り上げを立てて、なんの意味があるんだ!今すぐ経費の横領をやめて、正しい売上報告書を出すんだ、わかったか?」と怒鳴りつけ、その日の面談は終わった。

ところが、1週間たってもO課長からは正しい売上報告書があかってこなかった。

N支店長は再びO課長を呼び出し、「あれからもう1週間たっているんだぞ。いったい何をやってるんだ」と問いただした。

「このままじゃ、君は会社を辞めることになるよ。でも、たとえ君が会社を辞めたとしても、君のやったことは消えてなくならないんだ。決して楽にならないぞ」と言うと、O課長は「はい、わかりました」とだけ答えた。

次の日から、O課長は会社を2日連続で休んだ。

3日目に出社すると、いきなり「休職させてください」と、医師の診断書を持ってきた。内容を見ると「抑うつ状態」とあり、1ヵ月の休職が必要と書いてあった。

それを見たN支店長は、自分か怒鳴りつけたせいで部下がうつになってしまったのではないかと落ち込んでしまった。




 

課長の不正経理を厳しく問いただした部門長のケースの解説

部下が不正経理をはたらいたことを厳しく叱責することは、はたしてパワハラなのでしょうか。

不正経理は明らかな違法行為であり、会社のコンプライアンス規範にも抵触する許されない行為です。

これを一刻も早くやめさせるのは、上長の使命です。これについて指導したことはパワハラではありません。

このことを端的に示した判決が、前田道路パワハラ自殺事件です。不正経理やその隠蔽をしていた被害者が、不正を上司から厳しく問いただされたことを苦にして自殺したというケースです。

2008年7月の松山地裁の判決(判時2027号、労判968号 平成20年7月1日判決)では、上司の叱責は「業務上の指導の範疇を超えるもの」と評価され、会社に3100万円の支払いを命じました。

ところが、2009年4月に出た高松高裁判決(高松高裁 判時2067号 平成21年4月23日判決)では、「不正経理等についてある程度の厳しい改善指導とすることは、上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるというべきものであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできない」としました。

さらに、自殺について会社が予見できたかについても「予見可能性はなかった」として、会社の不法行為責任を否定し、原告の訴えは棄却されました。

しかし、パワハラであろうとなかろうと、当事者がうつ病や自殺といった結末を迎えてしまうのは悲しいことです。

N支店長はたとえパワハラをしていなくても、部下が体調を壊したことでショックを受けてしまいました。

また、その職場で働くメンバーや当事者の家族にとっても、このような結末はつらい出来事に違いありません。

裁判でどのような判断が下っても、当事者や周囲の人たちの悲しみがかんたんに癒えることはありません。

このような結末にならないために、私たち一人ひとりに何ができるのかを、この事件は今も問いかけています。