パワーハラスメント

実例に見るパワハラ裁判の実態と企業・加害者が負うリスクとは

パワハラ裁判

パワハラ行為は加害者だけでなく企業も責任が問われます

近年、パワハラの被害者が裁判に訴えるケースが増加しています。

実際のケースを見ながら、裁判の中で明らかにされたパワハラの実態とそのリスクについて考えてみたいと思います。

パワハラ裁判例「誠昇会北本共済病院事件」

病院の看護師だった男性が、先輩の男性看護師から3年にわたり執拗にいじめを繰り返された結果、それを苦に自殺に至った事件です。

亡くなった男性の両親が、病院と先輩看護師を裁判で訴え、先輩看護師に対して1000万円、病院に対して500万円の損害賠償金が認められました。

この病院では、少数派だった男性看護師の間で、先輩の命令が絶対であるという独特のルールがありました。

先輩看護師は、一番先輩であるという立場を利用して権力を握り、後輩を服従させていました。

命令に従わないと、仕事の上での嫌がらせを受けるので、職場にはこの先輩看護師の指示には従わざるをえない、という雰囲気がありました。

いじめの内容は、下記のことを繰り返し行うというものです。

  • 「先輩看護師の長男の世話をさせる、洗車を行わせる、風俗店の送迎やパチンコの順番待ちをさせるなどの行為の強要」
  • 「先輩看護師らの遊びにつきあうため、金銭的負担を強要」
  • 「うるせえよ、死ねよ、死ねばよかったのに、などと暴言を繰り返す」
  • 「仕事上のミスに、乱暴な言葉での叱責や暴力を振るう行為」

被害を受けた男性は、友人にもいじめのつらさを訴えており、「もし、俺が死んだら、されていたことを全部話してくれよな」と言っていたということです。

パワハラ裁判例「自衛隊浜松基地三等空曹事件」

原告の息子が自殺したのは、先輩である二等空曹のパワハラが原因だとして、遺族4人が二等空曹と国を相手に合計1億1000万円の損害賠償請求を行いました。

その結果、裁判所は、国におよそ8000万円の支払いを命じています。

判決では、2005年2月から被害者の男性が自殺するまでの9ヵ月間に、先輩の二等空曹が被害者に対して禁酒するように命じたり、身分証明書を取り上げたり、100枚の反省文か辞表を書くように強要し、その文章を読ませたりした行為について、「行き過ぎた指導を繰り返した」と指摘し、違法性を認めました。

その上で、これらの行為が「被害者が自殺を生じさせると認識できる性質だった」と予見可能性を認め、国家賠償法にもとづいて国に賠償を命じました。

その後、国は控訴をせずに判決は確定し、北洋俊美防衛大臣(当時)が直接遺族に謝罪を行っています(「中日新聞」2011年7月26日付朝刊)。




パワハラは企業の責任と認定されました

これらの裁判では、加害者の違法ないじめによって被害者が自殺に追い込まれたものと認めました。

また、所属していた企業組織に対しても、いじめによる自殺の予見可能性を指摘し、それを防止できなかったということで、使用者に安全配慮義務違反があると判断されました。

パワハラを「単なる人間関係の問題」として見過ごして適正に対処しないと、企業の責任まで問われる事態になってしまうのです。

加害者について言えば、その行為はまったく許されるものではありません。

先輩が絶対という風土の中、パワハラがエスカレートし、周囲もそれを止めることができず、その行為自体が許されない行為だと自分でも気づかないうちに、被害者たちは自殺しました。

加害者はよく「からかいやふざけの延長だった」と主張しますが、そんな軽い話ではありません。

加害者らはその後の人生で、賠償金額だけでなく、この苦悩を背負っていかなければならないのです。

これらの判決は、パワハラ被害が原因で精神障がいを発症し、苦しんでいる被害者の方には労災や企業組織の責任が認められた例として大きな意味がある一方、企業にとっては新たなリスクとなっています。

実際に、自衛隊浜松基地の判決では8000万円という巨額の賠償金額となっており、今後パワハラ自殺が争点となる裁判は、企業の存続にかかわるたいへんな事態になるケースもあるでしょう。

行き過ぎた指導を放置した代償は、あまりにも大きいと言わざるをえません。

そのほかにも、裁判になればその対応に当たる社員は本来の仕事に従事できず、業務の生産性が低下します。

また、大々的に報道されれば、企業イメージの大幅なダウンを招いてしまいます。一度失った企業イメージを回復させるのは、かんたんではありません。




しかし安易にパワハラ裁判は起こすべきではありません

では、訴えを起こす側にとって、裁判という方法は最良なのでしょうか。

「パワハラの被害にあっているので裁判を起こしたい」というご相談が寄せられた場合、裁判を安易にすすめることはせず、まずはその職場の中で問題解決ができないかを模索したほうが賢明です。

なぜなら、裁判には長い期間闘うだけの金銭的な余裕と、強い精神力が必要です。

被害を受けたという証拠を集めたり、証人になってくれる仲間への協力を依頼したりするなど、健康な人でもかなりの心理的負担を強いられます。

ましてや、精神障がいをかかえながら乗り越えなければならないとすると、パワハラ被害を受けた以上の大きなダメージになりかねません。

その上、希望どおりの判決が下るとは限らないのです。このような現実の中、「あなたが受けたパワハラ被害について、裁判を起こした方がいい」などと安易にすすめることは、私たちにはできないのです。

裁判を起こす際には、被害者やその家族のその後の人生において、裁判がどのような意味を持つのかについて、十分に考慮しなければならないでしょう。

組織内でできる限りのことをし、もう社外に訴えるしかないと思ったときの手段が、各都道府県の労働局による個別労働紛争解決制度や、裁判所による労働審判制度などであり、それでも解決しなかった場合の最終手段が裁判という形になります。

訴える側にも大きな負担がある以上、大切なのは裁判など大きい問題に発展する前に、当事者同士で問題解決に向けてどれだけ努力できるかという点ではないでしょうか。

パワハラ被害を受けたその後の人生をどのように生きていくのか、より良い仕事人生をどう送っていくのかを大切にしていただきたいと思います。