パワーハラスメント

パワハラは実際の職場でのリアルな進行状況とは?

パワハラの代償

パワハラの実例を検証

さまざまな原因や個人的な要因がからみ合って発生するパワハラですが、その問題の進行はどれも非常に似通っています。

パワハラがどういうものか、どうすればパワハラをしないですむかということを考えるために、パワハラの進行するプロセスについて、事例をもとに考えていきます。

パワハラ実例:上司の叱責を苦にうつ病になって退職したケース

 

Aさん(42歳、男性)は、ある会社の営業部の課長だ。

部下のBさん(26歳、男性)は中途入社1年目の社員だが、おとなしい性格のせいか営業活動に積極性が見られず、成績も課内で最低クラスだ。

アポイントを取り、顧客を回らなければ仕事にならないはずなのに、オフィスで資料作成ばかりをしているので、先日も注意をしたばかりだった。

Aさんは、Bさんに「今週は10件アポを取れと指示をしたが、現状はどうなっている?」と聞いたところ、Bさんからは「すみません、3件しか取れていません」という言葉が返ってきた。

「バカヤロウー」と怒鳴りたいのをぐっとこらえて、「その理由はどうしてだ?」と聞いたところ、「電話をしているのですが、先方が会議や外出でつかまらなくて……、すみません」と消え入りそうな声で言うばかり。

そこでAさんは、「とにかく電話をかけてアポイントを取ること」「何度でもつかまるまで電話すること」「書類作成はていねいにしなくてもかまわないこと」を、Bさんに指示した。

その翌日、AさんがBさんの様子を見てみると、PCに向かって書類を作成している。やっとアポイントの目標を達成して書類を作成しているのだと思い、Bさんに確認してみると、「いや……、その、何度も電話をかけてお客様に嫌われてもまずいと思って……すみません」という返事だ。

Aさんが「アポは何件くらい取れたんだ?」と聞くと「昨日から1件も取れていません。すみません」と言う。

そこで、今度はBさんを会議室に呼び、なぜアポイントを取ることが必要なのか、Bさんの成績では評価が最低になってしまうこと、がんばってほしいと思っていることなどを、1時間をかけて話してきかせた。

翌週の全体ミーティングのことだ。課員全員で先週の訪問数と成果を発表していた。

その中でBさんは消え入りそうな声で、「訪問数は4件、成約はゼロ件でした」と報告したのだ。

それを聞いたAさんは、全体ミーティングということも忘れて、Bさんに対して「あれほどアドバイスしたのに、お前は何をやっていたんだ! 目標を達成できないヤツはこのチームには不要だ!」と怒鳴ってしまった。

AさんのBさんへの態度が明らかに変わったのも、その日からだった。

Bさんにはあいさつを返さない、本来Bさんにやらせるべき仕事をほかの社員にさせる、Bさんが質問をしにAさんのところに行っても、「いそがしいから後にしてくれ」と言って取り合わない、などの行動をとるようになる。

また、聞こえよがしに「無能なヤツはうちの部署には不要だ」「業務命令に従わないヤツは辞めてもらって結構」と発言することもあった。

Bさんも1週間ほどはAさんに話しかけようとしていたが、その後はそれもあきらめた様子で、大事な会議に遅刻したり、気分が悪いと早退をしたりするようになる。

ある日、体調が悪いので休むとの連絡があったきり、会社に出勤しなくなってしまった。

人事部がBさんに確認をとると、主治医からうつ病と診断され、少なくとも3ヵ月は自宅療養をしなければならないという申し出があり、休職することになった。

しかし、Bさんは中途入社だったため、就業規則上の休職期間が短く、そのまま職場復帰することができず、結果的に退職することになってしまった。

後日、Bさんから会社に対して「うつ病になったのは仕事のストレスが原因だとして労災を申請したいと思うので、必要書類をそろえてほしい」という連絡が来た。

現在、会社はその対応に悩んでいる。




指導がパワハラヘエスカレートしていきます

パワハラは、特別な人が起こす特別な問題ではありません。

この事例のように、仕事熱心で部下の教育にも積極的にかかわろうとする人が、結果的にパワハラをしてしまうことが多いのです。

段階を追っていくと、パワハラの初期段階は、ちょっとした仕事上のミスの指摘や注意からはじまります。

ただし、この段階の注意や指摘は、日常的に業務をしていれば起こることであり、パワハラではありません。

指摘を受けた側にも改善点がある場合が多く、きちんと理由や改善法を説明すれば、受け入れられることが多いでしょう

加害者も、この段階ではていねいに、熱心に指導しています。

ところが、この指摘や注意がパワハラヘと大きく足を踏み出すのがその次の段階です。

叱責の内容がエスカレートし、「お前の態度がなってないからだ」「性格が悪い」と、だんだん業務上の注意の範疇を超えた内容になっていきます。

事例のA課長も、注意するごとに言動がエスカレートし、「あれほどアドバイスしたのに、お前は何をやっていたんだ! 目標を達成できないヤツはこのチームには不要だ!」と存在を否定する発言をしてしまいました。

A課長としては、熱心に指導したにもかかわらず成果が出ないことで、イライラが爆発してしまったのでしょう。

しかし、これは業務を遂行する上で、客観的に見て必要な言動とは言えません。このように存在を否定されるようなことを上司から言われれば、むしろ仕事への自信も意欲も失ってしまいます。

そのため、仕事に必要なホウレンソウ(報告・連絡・相談)すらも萎縮してできなくなっていきます。そんな部下を見て、上司の怒りはますますピートアップしていきます。

そして次の段階になると、仕事ができないヤツというレッテルを貼り、職場にいられない状況をつくり出します。

A課長も「無能なヤツはうちの部署には不要だ」「業務命令に従わないヤツは辞めてもらって結構」などと、Bさんのことをあてこすった発言をしています。

この段階では、部下への怒りや嫌悪感が募ってしまい、上司としても「こんなことは言ってはいけない」と頭のどこかで考えたとしても、感情をコントロールできません。

このような状況で、Bさんは職場の中で孤立し、心の傷をますます深めていきます。

多くの場合、こういった言動が繰り返されることで、被害者が精神障がいを発症したり、心身症にかかったりということにつながっていきます。

そんな状況が続くと、最終的には被害者の精神障がいなどが悪化し、休職や場合によっては退職しなければならない状況に追い込まれてしまうのです。これがパワハラの最終段階です。

このケースは、今後、会社の人事部が中心となって、社外の労働法に詳しい弁護士などと共同して問題解決に当たっていくことになると考えられますが、双方納得した問題解決は難しいと言わざるをえません。

「つい、感情がおさえきれなくて」「良かれと思って言ったのに」「そんなつもりはなかった」というのが、A課長の正直な気持ちだと思います。

しかし、その指導がきちんと伝わらず、Bさんをうつ病にまで追い込んでしまったとしたら、その「つい」してしまったことの代償は、かなり高くつくことになってしまいます。

許される注意・叱責と、パワハラの境界線を意識した部下指導が、ますます求められています。